樺山紘一編 |
このシリ−ズは、現場の歴史家たちが、それぞれの素材をとおして語る、あたらしい世界史のこころみです。20世紀の終幕のまえまでには見えなかった「現在」と「現在にいたる世界史」が、さまざまな切り口から説きおこされます。全101冊が揃うとき、21世紀の世界史百科が完成します。 |
「世界史の鏡」=「個別の事実はいつも世界史という鏡のなかに像をむすぶものだ」という意味です。 |
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世界史の鏡に照らして
樺山紘一 |
20世紀の終幕のころから、わたしたちが生きる世界史の姿が、おおきく変化しはじめました。ベルリンの壁の崩壊と冷戦構造の解体によって、それまで凍結されてきたかにみえる歴史の鉱脈が、はっきりと露出しました。民族・宗教・文化の固有のかたちが、世界各地においてはっきりしてきました。そして、同時に進行したグローバル化によって、世界のあらゆる歴史個体が、密接な関係のもとにおかれることになりました。2001年9月11日の悲劇すら、そのことを如実にかたっていたのかもしれません。
他方で、わたしたちが従事する歴史学の研究はといえば、その学術上の技術進歩にともない、ますます専門化と細分化の道をたどりつつあります。史料の検索から問題の解明と叙述の方式にいたるまで、限定した対象にふかく沈潜しなければ、水準を維持することがむずかしくなっています。ともすれば、そこでは個別の樹木が全体という森を犠牲にしかねません。グローバルな全体性とは、まったく逆の方向をむきがちです。
こうした現状に対面して、わたしたちは歴史学を世界のふかい鉱脈とひろい地平に対応して、できるだけゆたかに耕していきたいものだと切望しています。具体の研究素材に即しながら、しかし世界のなかでその位置をも見さだめること。かつて、西洋中世の文人たちが、「世界史の鏡」という考え方を案出しました。個別の事実は、いつも世界史という鏡のなかに像をむすぶものだという意味です。
そこで、わたしたちは「世界史の鏡」というシリーズを構成し、刊行しようと考えました。このシリーズは、現場の歴史家たちが、実際にとりくむ素材をとおして、共通する課題への通路を発見するための作業場となるはずです。つねに、そのアトリエの窓の外に、広大な世界史を展望しつつ、語りたいものだと念じています。専門家としての責務感に支えられながら、しかしだれでも理解できる平易な言葉をもって、その成果をお届けしたい。世界史に関心をいだく多くの読者のみなさんにたいして、親密なメッセ−ジを送りとどけられれば幸いです。どうか、この熱意を寛容にうけとめていただくよう、お願い申しあげる次第です。 |
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初回配本
〔0巻〕樺山紘一『歴史家たちのユートピアへ』―国際歴史学会議の百年 [2007年11月9日刊]
歴史家は、過去の歴史をおいもとめてきました。けれども、歴史家もまた、現在の歴史をいきています。その足跡を、たどってみましょう。
世界の歴史家たちの国際的な連合組織が、100年以上もまえにうまれました。いまも苦悩と喜悦をかかえながら、責務と希望をともにする「ユートピア」を営んでいます。「国際歴史学会議」の履歴をたどりながら、20世紀から21世紀にいたる、歴史家の経路をふりかえってみたい。模範とはいえないまでも、凝視にあたいする「鏡」といえるかもしれません。 |
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A 地域、グローバルとローカル
21世紀になって、世界の歴史は急速にグローバル化してきたといわれます。そのとおりです。地球上のあらゆる事件や事物は、みなグローバルな文脈のなかにおかれるようになりました。それではグローバルが、結果として、他方の極であるローカルを破壊しつくしてしまったのでしょうか。どうも、そうではないようです。もっとも、その昔、ムラやマチのようなごくちいさな共同体世界が優越していた時代とは、むろん事情はことなります。じつは、グローバルな極大からローカルな極小にいたる連続線のまんなかで、いまなお、というよりは、いまかえって重要な位置をしめる地理的な単位があるようにみえます。それをここでは、「地域」とよぶことにします。そう考えてみると、東西の歴史上にあって、さまざまな「地域」の実在にいきあたります。河川や海によって繋ぎとめられた流域圏のような「地域」のまとまりもあります。また、帝国のように広大な統治システムをなしているものもあります。その多様性のなかから、切実味のある「地域」の姿をあぶりだしたい。それは、いまの歴史学の切なる思いでもあります。
1. 本村凌二 『ワインを運ぶ葡萄色の海―古代地中海世界の近代性』
2. 永井一郎 『「ケルト辺境」イメージの源をたずねて−ギラルドゥスの『ウェールズ案内』』
3. 長島 弘 『インド洋―交流史の諸相』
4. 高橋 均 『アンデス山地―いちばん遠い場所』
5. 赤嶺 守 『レキオの男たちの世界―琉球王国と南シナ海貿易』
6. 浜 忠雄 『ハイチの栄光と苦難―世界初の黒人共和国の行方』[2007年12月10日刊]
7. 加藤 博 『ナイル―地域をつむぐ川』[2008年7月8日刊]
8. 大津留厚 『ドナウ―中央ヨーロッパの歴史を見つめて』
9. 木畑洋一 『崩壊する世界帝国―世界史のなかのイギリス』
10.小松久男 『イブラヒムの旅―ロシア・イスラーム世界・日本』[2008年10月30日刊]
*1〜10は執筆者と各巻タイトルです(タイトルは刊行時に変更の場合もあります)
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B 国家、王と民のあいだ
現代世界にあっては、いまや国家がしめる役割は、急速に減退しつつあるという見方もあります。あるいは、もう国王の専制権力などは、問題とならないとも。すべては、自立した市民によって構築される政治システムだけが、現実だというわけです。しかし、歴史家たちは、もうすこしリアリストです。いわゆる国民国家は影がうすくなったにせよ、いまだに国家は健在です。そして、その国家とは、ながい歴史のなかで成長してきたものにほかなりません。あるいは、王という超越的な存在は、ほぼ意味を失っているにせよ、政治上の統合体を維持するための、シンボリックな存在や価値は、けっして消滅してはいません。歴史家は考えます。国家とは、歴史のなかで、いろいろの形態をとりつつ、いまも政治の権力を具現し、王であれ治者であれ、それを運用する人々によっていとなまれている特別な団体であると。国民国家から帝国まで、歴史は多様な国家の像をしめしてくれます。素材と対象として、尽きない魅力を提示してくれるもの、それは国家です。
1. 鶴間和幸 『王と皇帝の伝説―始皇帝から武帝まで』
2. 濱田耕策 『朝鮮古代国家の生成―土俗・対外交流の中から』
3. 窪添慶文 『混血の中華帝国―漢族と胡族』
4. 大月康弘 『緋色の帝国―ローマ皇帝権と中世地中海世界』
5. 高山 博 『中世シチリアの謎に惹かれて―異文化に属する官僚が支えた王国』
6. 杉山正明 『忘れられた歴史―モンゴル型の国家と王権』
7. 池谷文夫 『神聖ローマ帝国―ドイツ王が支配した帝国』 〔2019年10月29日刊〕
8. 鈴木 董 『奴隷が宰相となる国―後期オスマン帝国の組織とエリート』
9. 安成英樹 『ヴェルサイユ“劇場”―宮廷と儀礼』
10.村嶋英治 『タイ王朝の近代―書き換えられる王朝史』
*1〜10は執筆者と各巻タイトルです(タイトルは刊行時に変更の場合もあります)
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C 都市、多面性のなかの歴史像
都市こそ、人間生活の理想の場であると自負する人びとがいました。富と自由の集積場として。そして、都市の存否が文明の進歩の試験紙だとみなされることも。ヨーロッパ都市を研究の前提とした場合には、それで十分でした。けれども、都市は予想をこえて、世界中に散見され、しかもべつべつの形をとっています。アジアという大陸は、とりわけ個性も豊かな都市にあふれています。都市のただなかには、生活共同体や空間構成のあり方、土木・建築の設計、それに身分や経済をとりまく重層した関係が、渦まいています。都市の外側との関係も、軽んずるわけにはいかないでしょう。かつての歴史学が固執したような枠組みではなく、もっと柔軟な理解が必要だとの合意ができつつあると思います。さて、課題はといえば、そのあまりに輻輳した模様を、どうやって整理できるかということでしょう。すでに、素材と資料はじゅうぶんに収集されてきました。ここでは、都市の内外に展開された人間たちの営みを、できるだけ生の姿で再現してみたいと考えました。
1. 亀長洋子 『植民する都市―中世のジェノヴァ人』
2. 河原 温 『アントウェルペン―交易ネットワークとコスモポリタン都市』
3. 太田敬子 『ジハードの町タルスース―イスラーム世界とキリスト教世界の狭間』
〔2009年8月6日刊〕
4. 野口昌夫 『イタリア都市の諸相―都市は歴史を語る』 [2008年1月15日刊]
5. 私市正年 『サハラ交易と落人のオアシス
―世界遺産都市ガルダイヤとワルガラの歴史』
6. 深沢克己 『マルセイユの都市空間―幻想と実存のあいだで』 [2017年6月24日刊]
7. 見市雅俊 『二つのロンドン逍遥記―ストウとメイヒュー』
8. 北村暁夫 『移民が作る都市―イタリア移民とブエノスアイレス』
9. 篠原 琢 『プラハ―亡命者と無国籍者の都市』
10.小浜正子 『近代上海のNPO―国際都市の民間慈善事業』
*1〜10は執筆者と各巻タイトルです(タイトルは刊行時に変更の場合もあります)
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D 情報、コミュニケーションが歴史をつくる
いまや世界は、高度な情報化時代をむかえました。政治も経済も、また生活も文化も、情報という仕組みのなかで進行しているともいえます。しかし、これはなにも、20世紀以降になってはじめて登場した事態ではないようです。言語や文字の成立と進化、あるいはそれの送達や制御の方式は、ながい人類史のなかでうみだされてきました。その形成史のなかで、情報社会の多様な構成要素も誕生しました。現在のあまりの複雑さに圧倒されます。けれども、「個体発生は系統発生をくりかえす」といいます。つまり、情報化の歴史をたどることで、現在の構造をあぶりだすことができるはず。通信や放送、あるいは書物や新聞といったメディアは、もっとも重要な位置にあることでしょう。けれども、ことによると、音楽や図像といった芸術に属する表現手段も、情報の集積や発信にあって、おおきな役割をはたしているかもしれません。ここでは、歴史という観察の現場から、情報化社会の重厚な基盤を解明してみたいと念じています。
1. 町田和彦 『インド系文字―空間,時間,ことばを越えた拡がり』
2. 小池寿子 『ヨーロッパ「死の舞踏」巡礼―描かれた歴史』
3. 宮下志朗 『本を読むデモクラシー―“読者大衆” の出現』 [2008年3月24日刊]
4. 大木 康 『中国明末のメディア革命―庶民が本を読む』 [2009年2月17日刊]
5. 鈴木広光 『可視化される「言語」―活版印刷術とキリスト教』
6. 指 昭博 『イギリス発見の旅』 [2010年11月25日刊]
7. 渡辺 裕 『グローバルヒストリーとしての「西洋音楽史」』
8. 杉田英明 『オリエンタリズム』
9. 内藤陽介 『切手の中のイスラーム世界―中東郵便学』
10.谷藤悦史 『政治とジャーナリズムの攻防―メディア政治の源流・変容・将来』
*1〜10は執筆者と各巻タイトルです(タイトルは刊行時に変更の場合もあります)
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E 環境、難問への知的挑戦
現代世界が直面する諸問題のうちでも、もっとも重大なものが環境にかかわるということは、だれも否定しがたいでしょう。その認識は、とりわけ日本をふくむ先進社会においてするどく感知されるようになり、やがては地球全体にまでおよびました。その問題について、歴史学はかならずしも、早くから鋭敏な感受性をしめしてきたとはいえません。けれども、環境の問題は、たんに地理学や自然生態学のみに限定されず、はるかに広い範囲での学問的解明がもとめられることが分かってきました。環境は、一見すると自然のみに関与するかにみえますが、そうではありません。人間活動の歴史的営みの結果としての環境が、いまわたしたちをつつんでいます。環境にたいする人間活動のかかわりのありかたを、歴史として捉えよう。わたしたちの意識は、急速に展開してきました。公害問題はもとより、疫病、衛生、そして風景から景観にいたるまで、環境史学のおよぶ範囲は、途方なくひろがっていきます。
1. 石 弘之 『歴史を変えた火山噴火―自然災害の環境史』〔2012年1月25日刊〕
2. 妹尾達彦 『農業と遊牧の交わる都・北京』
3. 弘末雅士 『東南アジアの自然と社会―海と森と港町』
4. 水島 司 『焼け付く大地・溢れる流れ―環境とインド世界』
5. 川床睦夫 『砂漠に生きる―シナイ半島の遺跡から』
6. 池谷和信 『アフリカの環境史 ― 岩絵・象牙・自然保護』
7. 遠山茂樹 『ロビン・フッドの森―中世イギリス森林史への誘い』
〔2022年4月27日〕
8. 徳橋 曜 『美観と日常―中世イタリアの都市環境』
9. 池上俊一 『森と川―歴史を潤す自然の恵み』〔2010年3月15日刊〕
10.山之内克子 『緑園都市の誕生―近代ウィーンの庭園と公園』
*1〜10は執筆者と各巻タイトルです(タイトルは刊行時に変更の場合もあります)
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「世界史の鏡」構成について
現場の歴史家たちが1冊ずつ、だれでも理解できるやさしい言葉で語ります。
1冊ずつが個別の素材をとおして語られる新しい世界史です。
第1期のテーマは「地域」「国家」「都市」「情報」「環境」です。
第2期は以下のテーマです。
F 宗教、文明への活力
G 産業、作ることと働くこと
H 戦争、前線と銃後と平和
I 生活、日常の社会空間
J 歴史、探求と叙述のいとなみ
付篇 日本、世界史のなかの場所
一般の歴史愛好家・学生の方々に向けて発信してゆきます。
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2007年11月刊行開始・以後第1期全51冊を随時刊行
2012年1月刊『歴史を変えた火山噴火』までは
平均160頁・本体価:1600円
2017年6月刊『マルセイユの都市空間』からは
平均200頁・本体価:2000円に変更させて頂きました
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